
新日本街路樹百景「松・杉並木」
明治時代に衆議院・貴族院議員をつとめた政治家であり漢詩家であった坂本理一郎(雅号東嶽)は、原野の開発に着目した理想の村づくり構想を抱き、明治30年代に入ると、田園都市計画としてその構想の実現に着手しました。
そのひとつとして植えられた千畑小学校(旧千屋小学校)付近の松・杉並木は、明治35年前後に植樹され、並木道となりました。同校周辺の桜や一丈木公園の桜も同時期に植えられたものといわれており、地域のシンボルとして現在まで大切に継承されています。
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新日本街路樹百景「松・杉並木」
明治時代に衆議院・貴族院議員をつとめた政治家であり漢詩家であった坂本理一郎(雅号東嶽)は、原野の開発に着目した理想の村づくり構想を抱き、明治30年代に入ると、田園都市計画としてその構想の実現に着手しました。
そのひとつとして植えられた千畑小学校(旧千屋小学校)付近の松・杉並木は、明治35年前後に植樹され、並木道となりました。同校周辺の桜や一丈木公園の桜も同時期に植えられたものといわれており、地域のシンボルとして現在まで大切に継承されています。
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