六郷飛行場跡案内板を設置しました

六郷飛行場は、太平洋戦争末期に陸軍が整備を進めていた秘匿飛行場の一つです。
この飛行場が造成されたのは、秋田県出身の飛行家佐藤章(美郷町金沢西根出身)が
訪問飛行を行った明田地の原野東側であり、この地名から「明田地飛行場」とも
呼ばれています。
詳しくは六郷野球場近く、旧六郷東根小グラウンドに設置しました案内板をご覧ください。
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